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天空大地の唄。

創造する、ファンタジー。 I sing for you 〜Black blade〜

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8話

僅かな明かりがぼんやりと辺りを照らすのは死者の眠りを妨げんとするためだろうか。強い光は必要ない。

僅かな土の湿気と積年の埃が混じったカビ臭さ、無数に並ぶ朽ちた石碑だけが地下洞窟に広がる墓地に慰めの様にいつまでも残された。

もう随分と前にその役目を終えた地下墓地ではあるが、現世に繋りの無い無縁の死者達が数多く眠る。あるいは無念に彷徨う。

寂しさや恨みを糧に、或いは弄ばれてその魂と身体は繋ぎ止められ地下を彷徨う。いつか来る魂の解放だけを願う無念の想いに、重く楔を打つ禍禍しい魔素が死者に良からぬ耳打ちをし力を与え続けている。


しかしその触れれば気分を害するほどの鬱蒼とした空気を撥ね付ける、身勝手にも思える雑多とした幾つもの音。

通路には音が反響しては跳ね回る。


乾いた音が何度か響いて骨だけとなって華奢なスケルトンの身体が何体も折り重なって壁に叩きつけられた。

散乱する白骨の海。その中心で踊る渦の目を目指して波の様に湧く、湧く、湧く人骨の操り人形達。

白骨の戦士は手に手に
剣を、
斧を、
盾を、
槍を、
弓を。

かつてその身体の持ち主が愛した得物か、仮住まいの繰り手の都合で握らされた物なのか。それを汲み取るものは無い。

ただそれは、まるで黒い竜巻の様に跳ね回る渦の中心へ呑み込まれていく。


漆黒の戦士が現れる。


その場の白を基調とした全ての骸骨が一点、中心の黒ずくめの戦士目掛けて放つあらゆる殺意の軌道が、硬質な音を立ててぶつかり合って異様な音を立てた。

波の様に幾重にも覆い被さってはその波に黒の出で立ちを飲み込もうと、眩く燃える命の灯りを喰らわんと吸い寄せられる。

どれだけの衝撃に身を圧されようとも戦士の握る巨大な得物がその灯りを消すことを遮った。

押し潰されんばかりの重圧とのしかかる白骨の剣撃の音が伸びきった僅かな間を待ちわびるように。



それは動きだす。



刀身さえも黒く染め上げた身の丈程の片刃の大剣が

剣も、
斧も、
盾も、
槍も、
弓も、
骨も、

全てを巻き込んで横一閃に薙ぎ払われた。

洞窟の壁を破らんばかりの勢いで黒の一閃に弾き飛ばされた骸骨が壁や床にぶつかって花瓶のような音を立てて頭蓋を砕いた。


土と埃の臭いを胸一杯吸い込んでまだ自分が呼吸していると戦士は我が身の生を実感した。

横に大きく振り払われた右手の大剣の遠心力に逆らわず、ぐるりと一回転して得物を肩に担ぐ形で前に向き直ると、通路いっぱいに広がる骸骨の群れ目掛けて歩を踏み出す。

僅かに足元で動いた頭蓋を踏み砕き、次の一歩で放った前蹴りが、向かって来た先頭の骸骨の胴を突き放す。
ガシャガシャと互いの骨が折り重なって絡まって前一列の動きが止まると、そこにもう一閃。

力任せに黒の斬撃が降り下ろされた。袈裟懸けに振るった刃が頭蓋、鎖骨、肋骨、骨盤、大腿骨、遮る物は一つ残らず両断する。

例外がある、とするならば。

それは戦いの熱に引き寄せられる様に表れる強者の類いである。大刀が地面に傷を作る前にズシン、とした重圧に受け止められた。








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第9話

薬草、毒消し、コンパス、聖水、短刀、針金、酒、タバコ、マッチ、スクロール、水袋、干し肉。

動きを制限しないように選んだ少量のアイテムを腰のポーチや衣服のポケットに放り込む。ダンジョン前に展開されたキャンプのテントに荷物を放り込むと、フリードは黒のマントを羽織り直した。

背の高い木々がまだ高いであろう日の光を遮る。

重い鉄の扉に閉ざされた地下墓地跡の入り口は見舞う者こそ皆無だが命知らずの冒険者達を誘い続ける。


さて、冒険を始めようか。


++++地下墓地跡+++++++++

通路の狭い天井が階段を下る足音を幾重にも反響させた。所々灯りの切れている壁の魔法灯が時折ジジ、と鳴いていやに耳に障る。

魔法灯の恩恵で地下墓地は松明を必要としない程度に明るい。足元に散乱した何者とも取れない骨を踏む度に乾いた音がパキリ、パキリと鳴いた。

ダンジョンの入り口付近には最近起こした焚き火の跡や置き放した簡易テントが幾つかあった。テントは貴重品ではないが野ざらしにして使い捨てるほど安くもない。つまりまだ幾人かの冒険者が戻って来ていない事を意図していた。

屍竜の話がガセならそれはそれでいい。

しかし地下墓地への階段を降り始めた頃から感じていた嫌な空気は拭えない。人の往来が激しいダンジョンのそれではない、身体にまとわりつく湿気の様な質の悪い魔素は、それこそこういったダンジョンにはおあつらえ向きで奴等が好みそうな空気を充満させていた。

カシャッ。と石造りの狭い通路の奥から甲高い音が鳴る。固い物を石の床に擦り合わせる摩擦音。足元で鳴った音は大腿骨を通って身体全体に伝わる。幾重にもその音が重なってこちらに近づいてくる。


狭い通路の隙間を埋めるように列を成した無数のスケルトンが手に手に錆び付いた剣や盾を鳴らしながら現れた。

「もう駆け出し御用達のダンジョンって感じじゃねえな。お出迎えご苦労さん。」

返事は無い。その代わりに墓地の砂利にまみれてくすんだ動く人骨達は、
フリードの言葉に反応して一斉に下ろしていた武器を構えた。

「いいねえ、死して尚戦士か。

ならば押し通る…!!」

口の端を下品に吊り上げてフリードは拳を握り締めた。








第8話

かつて世界を呑み込まんとする三つの頭を持つ邪竜が在った。

大地を揺らし、海を割き、邪竜はやがて果ての大陸へとたどり着く。最果ての地を喰らいつくさんと首を伸ばした時。その圧倒的な大きさを持つ大地の神タイタニアが下ろした足は邪竜を只の一撃で踏み潰したと言う。

息絶えた邪竜は砂となり、大地の一部となった。人々はその上に道を敷いた。世界の終わりを覚悟した人々は、その首の分かれ目を、果てからの始まりの地として外の世界へと続く道とした。



アンドール王都シルヴェリアより南に下ると、『三つ首街道』は、長い旅路の始まりの地としてこの地に古くから伝えられている。

関所を抜け、三股に別れる道。その内の中央を選んで進む黒ずくめの冒険者の足取りは軽い。晴れ間が気持ちを上向かせるのもあったが少なくともフリードは魔本の案件よりは乗り気だった。

+++++++++++++



昨晩。酒場『大地の裂け目』

こじんまりとした酒場はいつの間にか席は埋まり、椅子取りからあぶれた連中はカウンターの端や窓の縁に間借りして好き勝手に飲み食いしている。

これがこの郊外の酒場のスタンスなんだろう、と特に気は引かれなかった。
只ひとつ、何気なくフリードの服の裾を引くように気になったのは入り口付近で上がった笑い声にも似た野太く束ねたどよめきである。


「本当に居たんだよ!」

息も絶え絶え、あちこち泥と砂埃でボロボロになった若い冒険者の青年は崩れそうな膝を押さえて言葉を吐き出した。


「どったの?」
周りに集る連中の後ろから問いかける。

「南の地下墓跡にドラゴンゾンビだとよ」

酒臭い呼気を纏って振り向いた。

「さんざっぱら墓荒らしやら冒険者連中が暴れまわって宝箱はおろか亡霊もまばらだっつうのに」

情報通ぶいた男が合いの手を挟んで付け加えた。なるほど、一通り人の手の入ったダンジョンじゃあ耳を疑いたくなる話だ。場所柄こういう話はガセも多い。

「何しろ得のある話でも無い。か。」

連中の反応も当然だ。

「どうせ骨の山でも見間違えたんだろうが、どうせだったら儲け話でももってこいっつうもんだ」

中年の冒険者崩れの男が吐き捨てると同意の代わりに数人が太い笑い声を上げた。景気の悪い話はお呼びじゃないと拳を振り上げて青年へと

「ドラゴン退治のお仲間なら騎士団にでも頼みな、勇者さいでででででででで!!」


向けた所で首の後ろで拳を捻り上げられた。

中年の男が一頻り叫ぶとフリードは捻り上げた拳をほどいて捨てた。

「怪我人相手に手荒な真似してんじゃねえ」

フリードが輪の中心に居た青年へと一歩踏み出した。床が軋んで青年も黒ずくめの男へと目を向ける。

「一杯やろう。話が聞きたい。」

銀貨が一枚。鈍く光る。


++++++++++++++++

南の墓地跡は三つ首街道の中央を道なりに南下すればたどり着く。

平たく言えば駆け出し冒険者の登竜門のようなダンジョンである。街から近い小規模な地下墓地は人の往来が激しく魔物が好む独特の空気も薄い。

スケルトンやゾンビは何処からか沸いて出るわけでも無ければ好んで骸を置き去りにする場所でもない。擁するに資源の枯渇したダンジョンだった。





第7話

-夕刻-

王都シルヴェリア郊外

ほどなくして日がくれ始めると、比較的に人の集まる郊外の商店通りも早々に灯りを落とし始める。日暮れに合わせて街の雰囲気が代わりつつあるからだ。全うな人間なら好んで商売をしたい空気はそこにはない。

人通りも疎らになり始めた頃、寂しげな入り口のカンテラに灯を灯す質素な酒場が一件。


酒場「大地の裂け目」


周りが店を閉め始めた頃に店を開けるものだからそれなりに人は集まる。「大地の裂け目」は見えない昼と夜の空気の移り変わりに入り口をポッカリと開ける。

安酒とつまみがそこまで飛び抜けて良く無くてもここには人が集まる。どんな人間が集まろうとも、何があろうとも、店側は関知しない。そんな場所だ。

薄暗いカウンター席の右端の席に男は座る。いつからかどこにいっても右端の席に好んで座る習慣が着いていた。

「ここでしたかい、旦那」

カウンターにうず高く積み上げたキラービーの唐揚げ(毒抜き)を頬張るフリードの左隣に男が座る。白髪交じりのボサボサ髪に年季の入った猫背が特徴的な細身の男が呟くように掠れた声を絞り出した。

「お、ご苦労さん。どうだった?」
バリ、と口の中でキラービーの殻を鳴らしながらフリードは短く返した。

グラスが旨そうに汗をかいた、ビールを猫背の男の前に置くと、猫背は手元で二度ほど手を擦り合わせてグラスを手に取った。


「郊外の東区であのブレナンて男を乗せた幌馬車が街を立ちましたよ。行き先は王都の南東。ゴブリンホールって呼ばれてる何年も前に廃坑になった洞窟で馬車をおりやした。」

猫背の掠れ声は意図してか店内の雑音に良く溶ける。真横にいたフリードは耳だけを傾けて暫しその言葉を溢さぬように拾い上げた。 猫背のビールはいつの間にか空になっていた。

「その後も何人か出入りがありましてね。使い古した廃坑にたまたま人が集まるにしては頻繁だなあと。」

フリードは新たなビールを猫背の正面に差し出して先を促す。揚げたキラービーの胴の繋ぎ目を遠慮がちに音を立てて折る。

「その後も同じ道取りで幌馬車が来ましてね、何かを運び込んで何かを積んで。立ち去りましたよ。」

猫背は2杯目のビールを空けて満足げに手を合わせて。
「ってえ話を旦那の言う通りに全く同じ内容をヴァネッサって海賊のお嬢さんにもお伝えしてきやした。…旦那の名前を出した途端偉い不機嫌になりやしたが。」

だろうな。と、肩を揺らして笑った。
唐揚げを口端にくわえると、口を縛った麻の小袋を猫背に手渡す。


丁度話が一段落したところで二人の後方、店の入り口側から少し毛色の違うざわめきが起こった。なんというか場違いな物を見たような笑い声にも似たようなそんなざわめきである。

いつの間にか店の中は先ほどよりも冒険者くずれのチンピラや何だかよくわからない連中で溢れていた。







第6話

「あ~あ」
ヴァネッサは心底不機嫌そうに声を上げた。

ほんの一瞬目を離した隙にブレナンが行方を眩ましていた。

シルヴェリア郊外の路地裏は昼間も薄暗く、所々朽ちた石造りの道は埃と土臭さ、そしてどこかこそこそとした、鬱蒼とした雰囲気と静寂を取り戻していた。結局、白昼の騒ぎの最中現場に現れたのはヴァネッサ1人。最後まで郊外の住人たちは沈黙を守った。

散乱する廃屋の瓦礫を見下ろしながらやがてキッと睨むような目線でフリードを見た。

(俺かよ)

フリル付きの長袖のシャツに革のズボン。頭のトライホーンを纏った海賊然の風貌の女の視線を受けてフリードは僅かに肩を浮かせた。

「あんたの名前は風の噂で聞いてる。フリードってのは。…仕事の相方がどの程度のもんかと思って見に来て見れば随分な体たらくだねえ。」

力任せに投げつけられた言葉を、まるで他人事のように眉一つ動かさずフリードは聞き流す。ただ変わらぬ表情はけして機嫌の良いものではない。

ヴァネッサにとってブレナンをどうすることが叶わなく機嫌を損ねているのか。想像に難くなかった。

切り落とされたブレナンの腕を見て、不自然にも血の一滴も石畳を汚すものはなく、ただ違和感と、確信めいた疑念がフリードの脳裏を過る。

腕を切り落とされたブレナンは慌てこそしたものの痛みを訴える事はしなかった。

「…まさか本当に不死の呪いだなんで言うんじゃないだろうな…」

「不老不死だ。不死身じゃない。」

即座に訂正してみせたヴァネッサの方に再び視線を戻すと親指を立てて首を掻き切る動作を見せた。

「試したのか?」

「今の奴で試そうと思ったんだけどねえ。」

ヴァネッサは目を合わさない。間を繋ぐ為だけに紡いだ端的な答えを返すとふいにその視線はフリードを見た。

「フィオーネの魔本はあたしが取り返す。日和った蠍は日向ぼっこでもしてな。仕事の邪魔だよ。」


ヴァネッサは吐き捨てるように哀れみにも思える言葉を吐くと踵を返した。石畳を打つ音が幾度反響し、何れ消えた。





        
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