かつて世界を呑み込まんとする三つの頭を持つ邪竜が在った。
大地を揺らし、海を割き、邪竜はやがて果ての大陸へとたどり着く。最果ての地を喰らいつくさんと首を伸ばした時。その圧倒的な大きさを持つ大地の神タイタニアが下ろした足は邪竜を只の一撃で踏み潰したと言う。
息絶えた邪竜は砂となり、大地の一部となった。人々はその上に道を敷いた。世界の終わりを覚悟した人々は、その首の分かれ目を、果てからの始まりの地として外の世界へと続く道とした。
アンドール王都シルヴェリアより南に下ると、『三つ首街道』は、長い旅路の始まりの地としてこの地に古くから伝えられている。
関所を抜け、三股に別れる道。その内の中央を選んで進む黒ずくめの冒険者の足取りは軽い。晴れ間が気持ちを上向かせるのもあったが少なくともフリードは魔本の案件よりは乗り気だった。
+++++++++++++
昨晩。酒場『大地の裂け目』
こじんまりとした酒場はいつの間にか席は埋まり、椅子取りからあぶれた連中はカウンターの端や窓の縁に間借りして好き勝手に飲み食いしている。
これがこの郊外の酒場のスタンスなんだろう、と特に気は引かれなかった。
只ひとつ、何気なくフリードの服の裾を引くように気になったのは入り口付近で上がった笑い声にも似た野太く束ねたどよめきである。
「本当に居たんだよ!」
息も絶え絶え、あちこち泥と砂埃でボロボロになった若い冒険者の青年は崩れそうな膝を押さえて言葉を吐き出した。
「どったの?」
周りに集る連中の後ろから問いかける。
「南の地下墓跡にドラゴンゾンビだとよ」
酒臭い呼気を纏って振り向いた。
「さんざっぱら墓荒らしやら冒険者連中が暴れまわって宝箱はおろか亡霊もまばらだっつうのに」
情報通ぶいた男が合いの手を挟んで付け加えた。なるほど、一通り人の手の入ったダンジョンじゃあ耳を疑いたくなる話だ。場所柄こういう話はガセも多い。
「何しろ得のある話でも無い。か。」
連中の反応も当然だ。
「どうせ骨の山でも見間違えたんだろうが、どうせだったら儲け話でももってこいっつうもんだ」
中年の冒険者崩れの男が吐き捨てると同意の代わりに数人が太い笑い声を上げた。景気の悪い話はお呼びじゃないと拳を振り上げて青年へと
「ドラゴン退治のお仲間なら騎士団にでも頼みな、勇者さいでででででででで!!」
向けた所で首の後ろで拳を捻り上げられた。
中年の男が一頻り叫ぶとフリードは捻り上げた拳をほどいて捨てた。
「怪我人相手に手荒な真似してんじゃねえ」
フリードが輪の中心に居た青年へと一歩踏み出した。床が軋んで青年も黒ずくめの男へと目を向ける。
「一杯やろう。話が聞きたい。」
銀貨が一枚。鈍く光る。
++++++++++++++++
南の墓地跡は三つ首街道の中央を道なりに南下すればたどり着く。
平たく言えば駆け出し冒険者の登竜門のようなダンジョンである。街から近い小規模な地下墓地は人の往来が激しく魔物が好む独特の空気も薄い。
スケルトンやゾンビは何処からか沸いて出るわけでも無ければ好んで骸を置き去りにする場所でもない。擁するに資源の枯渇したダンジョンだった。