くたびれたシャツの炭鉱夫風のデップりと肉付きのいい大男。歯並びは良い。
その巨体が腕を振り回す度に鳴る風の音。腕が眼前を通過するたびにフリードの頬を風圧が撫でる。
ブレナンと呼ばれていた大男が降り下ろした太い両腕が、朽ちた煉瓦壁を轟音と共に粉々に砕いた。
路地裏の入りくんだ空間に立ち込めた砂煙が 僅かに差す日の光に照らされては激しく躍り辺りの視界を遮る。
「ボッ」ーーーと砂煙を切り裂く様に黒ずくめの塊が飛び出す。
それは一気にブレナンの鼻先まで詰め寄ると
次の瞬間、腰で構えられていた右の拳を力任せに振り抜いた。ブレナンの口の中で歯と歯のぶつかる鈍い音がして、今度はバランスを崩したその巨体が朽ちた空き家の壁を打ち抜いた。
「オッホホ」
崩れかけた空き家から笑い声が短く聞響く。ブレナンはまるで答えてないと言った顔にフリードも苦笑いを浮かべた。
「・・・マジかよ。」
「お前いいぞぉ、もっと遊ぼう!」
これが遊びかよ。フリードは舌を巻く。
ドンッ、と地面を蹴る音と震動。ブレナンの巨体に似合わず素早い動きでフリードとの距離を詰めると半ばがむしゃらに振り回した拳は無数の矢雨のようにフリードに降り注ぐ。
「悪いが俺も今回は忙しくてね・・・」
右足を後に引いて半身に構えた姿勢で
男の隻眼がブレナンの拳の軌道を追う。
フリードが上半身を上下左右に逃して拳撃を掻い潜ると徐々に詰まる距離を前に不意に大きく上体を沈めた。
水鳥が水中に潜るように、上半身を大きく前に折り曲げるとブレナンにはフリードが一瞬消えたようにも錯覚したかもしれない。
「痛くても俺を恨むなよ・・・!」
ブレナンの無数の拳の波の真下を掻い潜って、フリードはブレナンの懐から顔を出した。
「フヒッ!?」
腰を落とした構えたフリードの右掌がトン、とブレナンの腹に添えられる。ただそれだけに見えた。
「ドンッ!」と激しい音が遅れてやってきてブレナンの腹が衝撃に波打った。間抜けな声と共に巨体が浮き袋の様に宙を舞うと、ブレナンは空き家の壁を砕いてその中へと吸い込まれるように吹き飛ばされた。
(おお、初めて成功した・・・)
突き出したままの右手をわきわきとしながら見つめていた。
しかし手応えあり、以上に奇妙な違和感を感じていた。触れたブレナンの体温だ。
冷たい。
その直後だ。
もうもうと立ち込める砂煙を引き裂いて伸びたブレナンの丸太の様な腕手が、フリードの首を鷲掴みにしたのは。