「ウホホホォ~つぅかまえたぁ」
壁を突き破る程の衝撃で吹き飛ばされたのが嘘のようにブレナンが嬉々とした声をあげた。やたら並びのいい歯でニカッ、と。笑う。身につける草臥れた衣服だけが正直に傷みを覚えて解れ、埃を被っていた。
己の首に掛けられたブレナンの掌の無機質な冷たさにフリードの身体が無意識に強ばる。
こいつは何かがおかしい。
頭の中でフリードがそう結論付けるのと同時だ。その太い腕手が見せかけでは無いのを証明するようにブレナンが力を込めるとフリードの首をみるみる締め上げた。
「待て待て待て!ギブギブ!死ぬ!死んじゃう!!」
キュッと喉を絞られたまま吐き出す声が尻すぼみに枯れる。呼吸が阻害されるとみるみる頭に血が上って目の前がぼやけ始めて、80キロ近くあるフリードの身体はブレナンの片手一本で宙吊りになった。
だらしねえ。フリードの脳裏に自分への悪態が過って心の奥で決断した時だ。
路地裏>斬撃が現れる。『(剣閃は二人の視界の外から突然。放たれた矢のようにブレナンの腕目掛けて跳ねる!!)』
ドッーーー。
という感触と音。
フッ、と首を占める力が緩んでフリードの身体が地面に崩折れた。激しく咳き込みながら無意識に首へ伸ばした手が、未だ首に掛けられたままのブレナンの太い右手にぶつかった。
??と目を大きくしたブレナンと目が合って 漸くそこで新たな乱入者の存在を視界の端に捉えた。
「だらしないねえ、おじさん」
長身、金髪に海賊を彷彿とさせるトライコーンの帽子、振り向いた年若い女戦士は大振りの鉈を思わせる蛮刀を肩に掛けた。
「ひえええ」と右手を失った ブレナンが慌てて右往左往走り回るのも耳に入らない程に、その凛とした立ち姿にフリードの隻眼が目を奪われたのはほんの一瞬だったろうか。
「…奇遇だなお嬢さん。俺も今そう思っていた所だ。」
女戦士のエメラルドの瞳がフリードを見下ろす。僅かに目を細めて、口元は不遜に弧を描く。先程の一閃の鋭さに裏打ちされた自信に満ちた瞳は嘲笑の色をたたえる。
「お嬢さんじゃない。ヴァネッサ=ハウンズ、冒険者だ。」