「あ~あ」
ヴァネッサは心底不機嫌そうに声を上げた。
ほんの一瞬目を離した隙にブレナンが行方を眩ましていた。
シルヴェリア郊外の路地裏は昼間も薄暗く、所々朽ちた石造りの道は埃と土臭さ、そしてどこかこそこそとした、鬱蒼とした雰囲気と静寂を取り戻していた。結局、白昼の騒ぎの最中現場に現れたのはヴァネッサ1人。最後まで郊外の住人たちは沈黙を守った。
散乱する廃屋の瓦礫を見下ろしながらやがてキッと睨むような目線でフリードを見た。
(俺かよ)
フリル付きの長袖のシャツに革のズボン。頭のトライホーンを纏った海賊然の風貌の女の視線を受けてフリードは僅かに肩を浮かせた。
「あんたの名前は風の噂で聞いてる。フリードってのは。…仕事の相方がどの程度のもんかと思って見に来て見れば随分な体たらくだねえ。」
力任せに投げつけられた言葉を、まるで他人事のように眉一つ動かさずフリードは聞き流す。ただ変わらぬ表情はけして機嫌の良いものではない。
ヴァネッサにとってブレナンをどうすることが叶わなく機嫌を損ねているのか。想像に難くなかった。
切り落とされたブレナンの腕を見て、不自然にも血の一滴も石畳を汚すものはなく、ただ違和感と、確信めいた疑念がフリードの脳裏を過る。
腕を切り落とされたブレナンは慌てこそしたものの痛みを訴える事はしなかった。
「…まさか本当に不死の呪いだなんで言うんじゃないだろうな…」
「不老不死だ。不死身じゃない。」
即座に訂正してみせたヴァネッサの方に再び視線を戻すと親指を立てて首を掻き切る動作を見せた。
「試したのか?」
「今の奴で試そうと思ったんだけどねえ。」
ヴァネッサは目を合わさない。間を繋ぐ為だけに紡いだ端的な答えを返すとふいにその視線はフリードを見た。
「フィオーネの魔本はあたしが取り返す。日和った蠍は日向ぼっこでもしてな。仕事の邪魔だよ。」
ヴァネッサは吐き捨てるように哀れみにも思える言葉を吐くと踵を返した。石畳を打つ音が幾度反響し、何れ消えた。