-夕刻-
王都シルヴェリア郊外
ほどなくして日がくれ始めると、比較的に人の集まる郊外の商店通りも早々に灯りを落とし始める。日暮れに合わせて街の雰囲気が代わりつつあるからだ。全うな人間なら好んで商売をしたい空気はそこにはない。
人通りも疎らになり始めた頃、寂しげな入り口のカンテラに灯を灯す質素な酒場が一件。
酒場「大地の裂け目」
周りが店を閉め始めた頃に店を開けるものだからそれなりに人は集まる。「大地の裂け目」は見えない昼と夜の空気の移り変わりに入り口をポッカリと開ける。
安酒とつまみがそこまで飛び抜けて良く無くてもここには人が集まる。どんな人間が集まろうとも、何があろうとも、店側は関知しない。そんな場所だ。
薄暗いカウンター席の右端の席に男は座る。いつからかどこにいっても右端の席に好んで座る習慣が着いていた。
「ここでしたかい、旦那」
カウンターにうず高く積み上げたキラービーの唐揚げ(毒抜き)を頬張るフリードの左隣に男が座る。白髪交じりのボサボサ髪に年季の入った猫背が特徴的な細身の男が呟くように掠れた声を絞り出した。
「お、ご苦労さん。どうだった?」
バリ、と口の中でキラービーの殻を鳴らしながらフリードは短く返した。
グラスが旨そうに汗をかいた、ビールを猫背の男の前に置くと、猫背は手元で二度ほど手を擦り合わせてグラスを手に取った。
「郊外の東区であのブレナンて男を乗せた幌馬車が街を立ちましたよ。行き先は王都の南東。ゴブリンホールって呼ばれてる何年も前に廃坑になった洞窟で馬車をおりやした。」
猫背の掠れ声は意図してか店内の雑音に良く溶ける。真横にいたフリードは耳だけを傾けて暫しその言葉を溢さぬように拾い上げた。 猫背のビールはいつの間にか空になっていた。
「その後も何人か出入りがありましてね。使い古した廃坑にたまたま人が集まるにしては頻繁だなあと。」
フリードは新たなビールを猫背の正面に差し出して先を促す。揚げたキラービーの胴の繋ぎ目を遠慮がちに音を立てて折る。
「その後も同じ道取りで幌馬車が来ましてね、何かを運び込んで何かを積んで。立ち去りましたよ。」
猫背は2杯目のビールを空けて満足げに手を合わせて。
「ってえ話を旦那の言う通りに全く同じ内容をヴァネッサって海賊のお嬢さんにもお伝えしてきやした。…旦那の名前を出した途端偉い不機嫌になりやしたが。」
だろうな。と、肩を揺らして笑った。
唐揚げを口端にくわえると、口を縛った麻の小袋を猫背に手渡す。
丁度話が一段落したところで二人の後方、店の入り口側から少し毛色の違うざわめきが起こった。なんというか場違いな物を見たような笑い声にも似たようなそんなざわめきである。
いつの間にか店の中は先ほどよりも冒険者くずれのチンピラや何だかよくわからない連中で溢れていた。